命の声

命の声

監修者メッセージ

「昔の古老の言い伝えを現代風に」

尚絅しょうけい学院大学特任教授

田中 重好 たなか しげよし

田中重好の写真

 かつて、どの浜、どの漁港にも、古老からの言い伝えがあった。海の状態、天気の変化予測、台風の備え、地震や津波への対処。現代と違って、科学も未発達で、気象庁もなく、情報伝達手段も限られていた時代、漁業者は、その土地で、古老から伝えられてきた知恵を知らず識らずのうちに学んできた。そのなかの重要なメッセージこそが『命の声』であり、どう命を守るのかという知恵であった。
 しかし、漁業の仕方、環境や時代の急激な変化のなかで、そうした『命の声』を伝えるのが難しくなった。たしかに、天気予報や無線が発達し、漁業の機械も格段に進歩したが、一方で『命の声』を伝えることは、個々人に任され、浜や漁港の共通の語りからは消えていった。
 そんな状況のなかで、小誌はまさに、かつての古老の言い伝えに代わるものなのではないか。
 さらに、今回の特集のように、東北で大津波を経験した人々が語った『命の声』は、四国の浜でも、紀伊半島の漁港でも伝えてゆかなければならない。なぜならば、南海トラフ大地震が心配されているにもかかわらず、過去の津波、昭和20年の東南海地震時津波の経験は大まかにしか伝わっておらず、地震発生時に何をすべきか、何をしてはいけないかの伝承はぼやけてしまっている。
 そうした意味では、小誌は、各地の古老が伝えてきた経験や教訓を、遠く離れた浜や漁港に、それを伝える媒体にも成り得る。
 この『命の声』をきっかけに、全国の漁業関係者が三陸の地を訪れ、再び現地で、ここに語られていることを聞くことにつながれば、さらに『命の声』は強いメッセージとなるはずである。あるいは、三陸の漁業者が全国から招かれて話をする機会がふえてもいい。そんな交流と学習の機会ができたら、小誌はさらに大きな意味と役割を持つものになる。
 命を守るための知恵や経験の語りの交流こそ『命の声』のめざすものだ。

監修者プロフィール

  • 神奈川県生まれ。
  • 1974年慶應義塾大学法学部政治学科卒。
  • 1993年弘前大学人文学部教授、2001年名古屋大学環境学研究科教授。
  • 2017年定年、名誉教授。
  • 2007年慶大より博士(社会学)を授与。
  • 現在、尚絅学院大学(宮城県名取市)にて特任教授。
  • 専門は災害社会学、地域社会学。
  • 主な著書・編書
  • 2006年『超巨大地震がやってきた スマトラ地震津波に学べ』(時事通信社)
  • 2013年『東日本大震災と社会学』(ミネルヴァ書房)
  • 2013年『大津波を生き抜く スマトラ地震津波の体験に学ぶ』(明石書店)
  • 2019年『防災と支援』(有斐閣)など

※所属・役職等は発行当時のものです。